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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)3179号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人棚次のための弁護人塩坂雄策ならびに木村篤太郎の各上告趣意および被告人丸山のための弁護人安達勝清の上告趣意は、末尾に添えた別紙記載の通りである。

(一)  塩坂弁護人の論旨第一点は、被告人棚次は判示物品の引取方を山東善之助に依頼したところ、山東がほしいままにその引取方を被告人丸山に依頼したのであって、すなわち被告人が丸山に対し直接に物品の引取方を依頼したことはなく、またさような供述はしていないのに、原判決がその供述ありとして証拠に挙げたのは、虚無の証拠によって事実を認定したものだ、というのである。しかしながら、原判決は必ずしも棚次が丸山に直接依頼した旨を供述したとは言っていないのであって、たゞ「丸山をして受取らせた」とあるのである。この表現は他人を介して受取らせたことを排斥する趣意のものではなく、仲介者のあることをはぶいた言い方と考えられないこともない。殊に判示事実の証拠としてこれを見るときに、棚次が山東を仲に立てたか否か、山東が丸山に依頼したのは棚次の意思によったものかどうか、ということは、被告人棚次の罪責に何ら消長を來たすものではない。要するに原判決は棚次が直接に丸山に依頼したとは認定していないのであって、虚無の証拠を援用したとの所論は当らず、論旨は理由がない。

(二)  同論旨第二点は、原判決は証拠性のない司法警察官の意見書を証拠とした、と非難する。しかし、原判決の証拠説明には「同被告人(棚次)に対する検事の聴取書中同人の供述として司法警察官の作成した意見書中犯罪事実の記載と相俟って判示と同趣旨の記載」とあるのであって、司法警察官の意見をそのまゝ直接に証拠としたのではなく、右検事聴取書中に「検事が意見書記載の犯罪事実中第一項を読聞けたのに対し被告人が『私は今度只今御読聞けの通り惡い事をしたことは相違ありません』と述べた」とあるその被告人の供述記載をその余の供述記載と併せて証拠に取ったのであって、同被告人の認めた事実の内容を示すがために前記意見書を証拠説明に引用したにほかならず、原判決には所論のごとき違法なく、論旨は理由がない。

(三)  木村弁護人の論旨中「一」は、原判決に重大な事実誤認がありまた刑の量定が甚しく不当であるという抽象的序論であり、また「三」は單なる結語であって、具体的な上告理由になっていない。

(四)  同論旨「二の(イ)」は、原判決は何人の占有が犯されたかという詐偽罪の構成要件の記載を欠く、と非難する。しかし、原判決は所論出荷主任中江久平とは市新晒工業会社の出荷主任であること、従って本件詐欺の刑法上の被害者は右会社であることを判示しているのであって、所論のごとき違法なく、論旨は理由がない。

(五)  同論旨「二の(ロ)」および「二の(ハ)」は、被告人棚次の所為は「騙取」でない、という主張であるが、原判決の認定事実はその挙げた証拠によって充分認められ得るのであって、所論は結局原判決の証拠の取捨と事実認定を攻撃するに帰し、上告の適法な理由にならない。

(五)  同論旨「二の(ニ)」は、原判決の量刑不当の攻撃に過ぎず、上告の適法な理由にならない。論旨中「残虐の科刑云々」の文句があるのは、憲法第三六条違反を主張する趣旨であろうが、同條の趣旨については既に当裁判所大法廷判例があるのであって(昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日判決)、論旨は理由がない。

(六)  安達弁護人論旨第一点は、原判決が被告人丸山から本件不当高価額による売却代金相当額六十五万四千円を追徴したことを違法であると攻撃するのであって、論旨前段は、刑法第一九条ノ二による追徴は、その前提として没収せらるべき物が犯人以外の者に属せざる物であることを必要とするところ、被告人丸山は他人のために本件布地を保管し緊急にその保管料を捻出する必要があったためその一部を売却したのであって、右布地もその売却代金も被告人のものでないと主張する。しかし、右布地売却の事情は被告人が警察における取調以来原審に至るまで一度も主張しなかったところであって、さような事実は記録にも少しもあらわれておらず、また原判決は單に「不当に高価な額で契約した犯罪行為により得た代金六十五万四千円は刑法第一九条第一項第三号第二項によりこれを没収すべきものであるが、現に他に保管せられ居り没収することができないから、」と言っているだけで、その根拠を示していないが、刑法第一九条第二項を適用しているところから見れば、原判決は右代金が犯人以外の者に属しないと認定した趣旨であると解するのを相当とする。そして記録上右認定をくつがえすに足る資料も存しないのであって、所論は原判決の認定と異なった事実を想定しこれに基いて原判決の法律適用を非難するにほかならず、上告の適法な理由にならない。

(七)  同論旨中段は、物価統制令第三三条但書は犯人の不法利益を剥奪する法意を以て超過額が十万円を超えた場合にはその三倍以下の罰金に処する旨指定しているところから見て、右法条は一般法たる刑法の追徴に関する規定の適用を排除するものである、と主張し、食糧管理法第三二条を援用する。しかし、物価統制令第三三条但書の規定は、この種の犯罪が不法利得の獲得を主目的とすることに鑑み、その取締のため最も適法な主刑の範囲を定め、かたがた犯人の獲得した不法利得を没収または追徴し得ない場合があるのに備えたものであって、必らずしも不法利益の剥奪のみを目的としたものではなく、それは罰金刑の効果として考えられているに過ぎない。それゆえ、犯人の獲得した不法利得を取り上げる場合にも、それを罰金の効果として行うか、または附加刑たる没収または追徴の方法を以てするか、あるいは両者を併せ用いるかは、各事件の犯情に応じ裁判官が自由に裁量し得るのであって、前記物価統制令の規定が一般法たる刑法の規定を排斥するものと解すべきでない。殊に本件のように主刑として懲役刑のみを科するのを適当と認めた場合に、没収または追徴を為し得ないとする理由は存しない。なお論旨援用の食糧管理法第三二条は、主要食糧の輸出入移出入に関する規定であって、犯人の所持する主要食糧についてはそれが犯人以外の者に属していても没収または追徴を為し得る点において刑法第一九条第二項に対する特例規定であり、取締の必要上没収および追徴の要件を緩和したものにほかならず、その法条を援用して物価統制令第三三条が刑法第一九条および同条ノ二の適用を排除する論拠となし難く、論旨は理由がない。

(八)  同論旨後段は、刑法第一九条ノ二が昭和一六年に追加されたものだから、全体主義刑法たる性格を多分に封蔵し、民主主義刑法理念からは厳に排斥せらるべきものである、というのだが、何ら根拠なき独断論であって、理由にならない。

(九)  同論旨第二点は、原判決が証拠として挙げた和歌山縣価格査定委員会の作成した回答書につき、原審は証拠調をせず、公判調書にもその旨の記載がない、と主張する。しかし原審第三回公判調書を見ると、所論の回答書につき適法に証拠調をした旨の記載があるのであって論旨は理由がない。

よって、旧刑訴法第四四六条に従い、主文の通り判決する。

以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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